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心に降る雨
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時の流れに刻んだ人生の墓標 !
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つずく節電コマーシャル、ほこかたてか???

2012/01/31 01:00
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深夜テレビを見ていると関西方面の電力会社の節電お願い放映がよく目につく。
それと並行するかのように電気自動車のコマーシャル合戦が目に入る。
まるで今流行のほこたて戦争のようだ。
以前電力会社に尋ねたことがある。
行政の再稼働の許可が下りないからだということだった。
だから一般家庭に暖房の節電をお願いしているという答えだった。
しかし依然関東で企業にお願いしたり繁華街のネオンが少なくなり町が少し暗くなったことがある。
関西では商売に関係しない一般家庭の暖房節電のお願いと同時に電気垂れ流しの自動車販売お願いである。
物にはいろいろな考え方があるので一概には言えないと思うのだが、何もこんな時期に咳をしながら車を買い替えなくてもいいのではと私には思える。
これでは感染症に感染覚悟で暖房を節約して無駄な自動車を買い、電気を垂れ流してくれと言っているように聞こえなくもない。
粋な関東、そろばんの関西。
これも土地柄だろうか?????
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2012/01/21 01:05
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ここ数日よく目にしたり耳にする消費増税ニュース。
何かを手に入れれば何かを失う、何か犠牲を払えば何か身につけられる。
何かよければ何か悪い、人生は所詮プラスマイナスゼロ。
私はそう思っている。
この打開案、我が肉を削るからその部分に別の肉(増税という)を貼り付けさせてくれと言っているように私には聞こえた。
昔話を思い出した、何年か前起きた阪神大震災。
その時、地元の暴力団の親分が組員の妻を炊き出しに駆りだしたという、
詳しい話は知らないが勿論食材は持ち込みだろう(想像だが)。
その時私はそれが仮に偽善だったとしても震災にあった人々にとっては有難かっただろうとと思った。
話を戻すとこの増税分は全額社会福祉にあてるという。
社会保障と言えば私には数十年前、国が国民にした約束を今果たすと言っているように聞こえる。
これを数年前の神戸の話と一緒にするのは間違いかもしれないが現総理大臣に今までの政治家に感じなかったすがすがしい風を感じた。
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冬の月

2012/01/18 02:11
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見あげれば 夜空に浮かぶ 満月に
     願いし想い 悲しく映る
ふらふらと月の光に誘われてみあげればすんだ夜空に広がるおとぎの世界。
時は逆に流れていつしか子供の夢を写しだす。
月にすむというウサギは餅をつき、澄んだ空にはかぐや姫の行列が月に帰ってゆく。
ふと立ちどまり見あげる夜空にひと時の童話の世界。
流れる時は光と闇の人生模様。
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不思議の国のファンタジー

2011/11/03 02:03
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朝食代わりに近所の回転寿司に出かけた。
三皿ほど食べて店を出ようとした時、ふとカウンターの貼り紙が目に入った。
それは今話題の義援金を参千二百万円寄付したという内容だった。
いち食べ物チェーン店で参千万円なら全国では莫大な金額が集まっlただろうと驚いた。
しかし不思議に思った。
善意の寄付のはずの義援金が困っている地域、あるいは人々のどういった支援に使われているといった報道はたった一度も耳にしたことはなかった。
逆に貯蓄を切り崩し生活をしているがそれも底をつき途方に暮れているといったような内容はよく耳にした。
ほんの数ヶ月前よく覚えていないがある国に同じような被害が起きた。
我が国の外務省は間髪をいれず支援金を送ると発表した。
よいことだろうとは思うのだがなぜか釈然としない、なぜ外国に対しては迅速に対応できるのに自国にlはできないのかどうしても疑問が残る。
国会で何百人もいる先生がたの意見がまとまらないので予算が決まらないかららしい(よく知らないが)。
しかし素人の私などはざっくばらんに考えてしまう。
外務省で国会抜きですっと決まるのなら、内務省ですっと被災地の支援が出来そうと思ってしまう(よく解らないが)。
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たった一つの言葉、「約束」

2011/09/15 01:07
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いつの頃からだろう、政治の世界に「赤字」とか「黒字」という言葉が頻繁に使われるようになったのは?
ふと気がつけば少子高齢化、医療の赤字、年金の赤字という言葉を頻繁に目にしたり耳にするようになりなぜか違和感を感じた。
確かに一般家庭でも家計簿をつける、その際赤字、黒字という考え方が基本理論となる。
年度初めに決めた数字も決算期には赤字になったり黒字になったりするだろう、それは理解できる。
しかし基本的な考え方が違うような気がする。
終戦直後金の卵ともてはやした圧倒的多数の人々も、現在は少子高齢化の政治課題となっている。
しかし老後の不安を政府が保証するのでなくみんなで助け合いましょうというのが相互扶助の理論。
この理論に基ずいて年金あるいは保険料を徴収してきた。
現在は子供が少なく収入が少なくなるので払いにくいということらしい、よくは知らないけれど?
解りやすく言えば民間の保険会社が死亡の時に困らないようにとすすめた加入も、支払時には加入者が少ないので支払いが難しいと言っていることになる。
その前に、した「約束」は守ららければいけない、簡単なことだと私は思う。
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激動の時代を包む光と影

2011/07/29 00:42
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カルキメデスの板という言葉がある。
遭難船が漂流している。
その傍に一枚の板が浮いている。
一人くらいなら捕まれば助かる、しかしふたりの遭難者が傍で漂流している。
そんな時他人を沈めて板に捕まり助かったとしても刑法上罪は問われない。
緊急避難である。
では正当防衛とどう違うのか?
よく法曹界で論議される。
勿論故意にそんな状態を作れば殺人に使うことが出来るかもしれない。
いずれにしても法廷で争われややこしいことになるであろう。
今から四十年ほど前(昭和47年)。
長崎県にある男がいた。
その男の名前は荒木虎美。
男は車にかなずちを用意し、港の岸壁から深夜の海に飛び込んだ。
車には子供と妻が乗っていた。
再婚であり子供は妻の連れ子だったという。
再婚時子供が好きなので多いほどいいと言っていたという。
いずれにしても真意は本人にしかわからないが、結果論男は助かり妻子は死んだ。
そして男は保険金三億円を請求し、あっという間に警察に捕まった。
当時保険業界は高度経済成長時代の社会を反映し、絶盛期で弱肉強食の世界の頂点に君臨していた。.
なにしろ各都市の駅周辺の大きなビルは銀行か保険会社だといわれていたくらいである。
そして警察の取り調べが始まり、その男に着いた異名が「人間テープレコーダー」。
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負の連鎖

2011/06/10 01:36
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昭和四十年代の夜のネオン街・・・
若者は洋酒喫茶に酔い、年配客は演歌師のギター伴奏に酔いしれる。
クラブではピアノの生伴奏、キャバレーでは連夜オーケストラの生バンドをバックに芸能人の歌謡ショーが開かれていた。
そんな時代にカラオケ?
どうもピンとこない。
そんなカラオケのリース、販売会社に代表者の名義を貸した私の友人。
その会社の経営者が元暴力団の幹部だったからたまらない。
手形で機械を仕入れては山陰のほうでダンピング、そして手形は不渡り。
あっという間にメーカーから横領で告訴された。
その被害金額はどこそこに何千万、どこそこに何千万とその額は億という単位だったと聞く。
私の友人(?)がどこまで関与していたのかは私は知らないし興味もなかった。
しかし私には私の付き合いがあり、とんだとばっちりを受けてゆくことになった。
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滅びのプロローグ

2011/05/24 22:30
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東洋のある島国に地震が起きた。
それにより誘発された津波による原子力発電所の水素爆発と放射能汚染。
汚染された土地と海・・・
世界中は恐怖した。
その国の食物は売れずある国などは観光旅行を法律で禁止した。
世界中のメディアはその国の人々の落ち着きのある行動に感心すると、報道し笑っていた。
ここまではリアルである。
これからはロマンの世界・・・・・古より語り伝えられてきた神々の世界。
神話の世界では幾度か神は人類の消滅を試みたと伝えられている。
ノアの方舟伝説、モーゼの十戒
神話の世界による神の怒りは津波に火柱。
滅びのステップ、現代は?????
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夜のおとぎ話

2011/03/29 01:03
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車を走らせる隣にはクラブのママが座っている。
店の集金周りである。
ごく普通の何処にでもあるありふれた光景だった。
違っていたのはそのママが常連の金融会社の社長と駆け落ち蒸発中だったことと、その社長も会社を蒸発しスポンサーから捜索されていたことだった。
そして車を運転中の私は夜は店を守るようパトロンから任され、昼はその金融会社でアルバイトをしていた。
とある地方都市の夜のおとぎ話である(あくまでもおとぎ話フィクション、念のため)。
急に業界でもやり手で有名だったママが不在になったことで店の中はパトロン派とママ派に分かれ、真っ二つの派閥争い。
女の争いは熾烈である、私はどちらにも色を見せず一人漂っていた。
本音は居なくなったママより経営者の手前はっきりさせたかったのだが、地方から流れてきた私をかわいがり引き立ててくれた元ママに対する恩義をみんなが知っていたので急に手のひらを返すような態度をとったのでは私の人柄に疑問を持たれてしまうう。
結局みんなに好かれ反面皆に嫌われた。
ある意味みんなに頼られある意味ではみんなに裏切り者扱いされながら釣り糸のもつれたような日々を送っていた。
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強さの秘密

2011/02/13 00:31
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劇場映画「明日のジョー」が封切り上映された。
二十数年ぶりに劇場に足を運んでみた。
劇場の暗さに目が慣れたころ周りを見渡してみる。
大雪のせいか空席もあったが周りは女の子ばかり、主演のジョーを演じているのが山下智久の影響だろう。
山下智久はドラマや映画で「クロサギ」と言う役を演じていた。
スクリーンの中には正にクロサギがいた。
静と動、静のクロサギ動のジョー。
頭と言葉で戦うクロサギ、こぶしで戦うジョー、イメージをだぶらしながら山下がいた。
本格ボクシング映画らしくボクシングの醍醐味が全編にあふれていた。
ボクシング映画と言うと多少ジャンルが違うような気もするが「ラブファイト」を思い出す。
幼稚園生のような女の子が数人の男の子を相手に大喧嘩をしている。
すべてはそこから始まった。
そして後に自分の所属しているjジムの会長が八百長スパリーングでいたぶられているのを見て思わずリングに飛び出しファイティングポーズをとるシーン。
この二つの場面がまぶたに焼き付く。
弱い者がいじめられているのをみると思わず反応してしまう、人を思いやる優しさ。
そしてそれを実行するための普段の努力。
私はこの二つのシーンに強さの秘密を見たような気がした。
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強さに秘められた想い

2011/01/28 00:52
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劇場映画をテレビ放映していたので退屈な時のため録画した。
以前同じような内容のレンタルディスクを見た。
「ボックス」と「ラブファイト」
両方ともボクシングにかける青春映画。
ご多分にもれず前評判の高さゆえ物足りなさを感じた「ボックス」
退屈故あまり期待せず見た録画「ラブファイト」
見てみるとなぜか引き込まれる。
同じ目的に向かって二つの違った道を走る若い男女。
強さに秘められた想い、強さを求めた想い。
想いの強さが人の心を打つ(ボクサーだから当然かもしれないが?)。
久々に春の穏やかな日差しに包まれた気持ちになるような作品を見た。
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招かれたステージ

2011/01/12 02:29
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ドン、ドン、玄関のドアをたたく音。
時計を見る、朝八時前後だった。
朝の苦手な私には早すぎる時間だった、知人の来るような時間ではない。
無視して寝ていたがあまりしつこくうるさいので仕方なくドアを開けた。
数人が飛び込んできた。
七、八人は居る、ドアを開けて表をみると空き地にまだ入りきれないで五、六人は居た。
何故こんなことになったのか? それは二週間前かかってきた一本の電話から始まった。
ある会社に代表者の名義を貸した友人(?)、と言ってもその経営者を私は知らない。
その会社はカラオケのリース販売を扱っていたらしいがその当時カラオケと言っても知っているものはほとんどいなく、私も興味がなく事情は知らなかった。
その経営者と言うのが普通ではなかった、時代を先読みするずば抜けた力もあまり早すぎては時代に受け入れてもらえないのは歴史が証明している
終戦直後、現役東大生による現役東大生経営の金融会社「光クラブ」、時代を席巻しそしてのちに灯油をかぶり焼身自殺している名前は忘れたが学生服社長、などいい例である。
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投影

2010/12/28 01:41
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先日レンタル店でビデオディスクを借りた。
新作なので早く返さなければ延長料金が必要となる。
インセプションと言う映画だったが目をこすりながら早送りなどをして何とか視聴した。
眠かったのであまりよく解らない映画だなと思った。
それでも何点か共感する部分はあった。
人の頭の中に入り潜在意識を植え付けるという内容のようだった。
確かに夢の世界では現実のように思ってしまうし覚めたと思っている世界が夢の世界だったということも時としてある。
しかし潜在意識を植え付けるということは不可能なのだ。
なぜなら夢はしょせん夢であり覚めた時点で夢としての自覚がある。
それに夢には限界がある。
願望や恐怖を投影する世界、人は夢により願望をかなえようとする。
しかしそれはあくまでも投影であり、現実ではない。
解りやすく言えば夢の世界では望みも叶うし恐怖も体感する、しかし味覚もなければ痛覚もない。
いくら食べても満腹感も感じなければ恐怖を感じても痛いとは感じないだろう。
恐怖の体感などは夢だと自覚してしまうため、これは夢だからさめることにより簡単に解決できると無理やり覚醒してしまう。
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招待

2010/12/16 01:02
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昭和四十年代中ごろ、正確には覚えていない。
ある夏の暑い午後、自宅の電話が鳴る。
出ると「こちら呉暑だがこういう人を知っているか」と尋ねる。
友人(?)だと答えるとやけに私の住所や名前を知りたがる。
おかしいなあと思いつつ事情を尋ねると洗面道具とお金が必要だが女房に連絡が取れないので連絡を取って持ってきてほしいという。
私はとにかく事情を確かめなくてはと早速妻を車に乗せて知人の家まで行ってみた。
女房は居たが泣いているばかりでよく解らない。
それでも何となく解ったことは自宅に金庫を買い込みしまっておいたものを警察に全部持って帰られたらしい。
それがどんなものだったか尋ねると書類だったが国産の時計が五、六個あったようだという。
とりあえず伝言を伝えるとお金がないという。
仕方がないので私がお金を貸して二人を車に乗せ、国道を二時間かけて面会に行ってみた。
行ってはみたがすぐには帰れないというだけで事情は解らなかった。

夏の暑いある日にかかってきた一本の電話が招いた先にあるものは?
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シミュレーション其の一

2010/12/07 00:43
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朝が来る、太陽が顔を出すころ人が動き出す。
ゆっくりと車のエンジンを掛け走り出す。
入れ替わりにパトロンが外車に乗ってやってくるだろう。
思えばめまぐるしくあわただしい日々であったような気もする。
先では間違いなくトラブルが口を開けて待っているだろう。
近い未来確実に起こるであろう出来事を想定して幾つかのシミュレーションを作成しておく。
これが生活の知恵、私の人生哲学。
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夢桜花花の舞

2010/11/17 00:31
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花に舞い羽衣映す夢の中
        時をさまよう幻夜街道

昭和五十年代だった、金融をしている知人を訪れた。
馬を担保に金を貸しているのだが情報が入ったので今から競馬に行こうという。
厩舎関係筋の情報と聞けば当たる(儲かる)という気がしてくるから不思議である。
さっそく張り切って出かけた。
儲かったかどうかは覚えていない(多分損をしたのだろう)。
それまでまるで面白くなかった統計確率馬券から情報馬券に染まってゆき損をしてゆく始まりの日だった。
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迷路の入り口

2010/11/08 01:39
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目が覚めると道の端に座っていた。
交通事故のようだ、目の前に二台の車が向い合せに止まっている。
頬を触るとぬるっとするのでハンカチで抑えると赤く染まった。
それっきり意識を失う。
再び気がつくと今度は病院のベッドの上だった。
二十四歳、青春時代のことだった。
加害者は飲酒運転でセンターラインオーバーの死亡だった。
私は後部座席で睡眠中だったので事故内容などまるで関係がない。
しかしこの事故が絶好調だった歯車を狂わせてゆく始まりだった
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スリル

2010/10/27 00:45
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私は書店で関連書物を買いあさりむさぼるように読みつくした結果ある結論に行き着いた。
数字が走る、いろいろな専門家と称する人たちがあらゆるファクターを考えつくして強さの順番を付ける。
しかしその強さの順番通りに決まる確率は三割に満たないという、それは私が競馬場に足を運び掲示板で何回も確認した現実である。
この時点で理論と現実はぴたりと一致していた。
この事実は裏を返せば三割は決まるということになる、解りやすく言えば十回に三回は一本で買えるということになる。
この理論を確実に実践するということでは専門知識は一切いらない、予想紙一枚あればいい。
後は買い方による倍率の操作である。
例えば三百円配当があるとする、千円で三点かうのを一本で三千円買えば千円配当が当たったという計算になる(ざっくばらん計算ではあるが)。
週末になるとポケットに十万円突っ込み一年ほど毎日朝一レースから始めた。
負け知らずだった。
競馬仲間は私が本命を買うからだという、私は鼻で笑っていた。
しかしどうも釈然としない、あまり面白くないのである。
勝つと解っている勝負にスリルはわかない。
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夢と浪漫

2010/10/22 01:50
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吾木香ススキ刈かや秋草の
    寂しききわみ君に送らむ
               若山 牧水
私は理論の成り立たない事実は皆無と思っている。
また実行できない理論などへのツッパリにもならないと思う。
起きない現実は立てた理論が間違っているということになる。
この両輪こそが世の中の因果関係。
二十代のころ気まぐれで訪れた競馬場でコーチやと呼ばれる詐欺師に騙されたことが因となり競馬にのめり込むことになった。
あの無意味な馬券の買い方によって起きるスリルが私を夢中にさせた。
以来私は書店で関連書物を買いあさり、週末には競馬場に出かけて知識と現実を比べていた。
競馬に関しての知識はすぐに豊富になった。
しかし理論と実践こそが私のポリシー。
統計と確立。
私は書物のある一点を除いてすべての知識を頭から消去した。
そして唯一選択した理論、それが統計と確立。
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夢日記

2010/10/18 01:20
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夢うつつ心に浮かぶ想い出を
  時につずりし 青春日記

時代は昭和の終わりだったか平成の初めだったか忘れた。
全国競馬場の対戦メンバー表を東京の一室で決めることに何か不自然だという疑惑が起きた。
そこでガラガラ抽選機を使い報道関係者の目の前で決めると決定した中央競馬会。
その時私は疑問を持った(あくまでも疑問であって真実は知らない)。
ガラガラ抽選機などはマジシャンのイリュージョン小道具にしてはあまりにも単純でチャチデアル。
後は公平という名のもとにやりたい放題のしたい放題。
この公平さという先入観こそが後に私の視界に入った二頭の競走馬の見えるはずの馬がまるで見えなかった
基本理由のような気がする。
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Truth or reality

2010/10/14 00:02
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馬体を合わせるようにゴールに飛び込んだ二頭。
そこに理論的には考えられないような事実が生じた。
小学校の理科で習った目の仕組みと機能。
視線上にあるものは網膜を通して脳に伝える。
故に視線上に重なったものは、外側のものが網膜を通して脳に伝わり、
内側のものは見えない(はずである)。
これがまぎれもない真実。
しかし事実は違う。
ではなぜそんなことが起きるのだろうか。
人は感情に左右される、関心のあることは思わず見てしまうが、関心のないことは目の前にあっても見えない。
もっと解りやすく言えば脳に伝わっていないから記憶できない、、すなわち見えていないのである。
これがあらゆるマジックの基本。
そういえば数週間前テレビカメラを使ったマジックのネタばらしをやっていた。
客の選んだカードを当てるカードマジック、カードを当てた瞬間カード全部そして着ているシャツそして背景のカーテンの色が変わっているのである。
よくある自由の女神像や大きなビルを消してしまうあの手法である。
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2010/09/27 01:31
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太陽の照りつける炎天下、京阪淀駅に向かって歩く足を止める。
もし確実に当たる馬券があるなら買わなければいけない。
急ぎ元来た道を戻り淀競馬場の門をくぐった。
十数年も前のことでまだ二連単馬券が出来たばかりだったと思う。
ある馬の単勝馬券を一万円買い足した。
メインレースの前売りなので家に帰りテレビ観戦した。
全馬がゲートを飛び出す、私の買った馬二頭が先頭と二番手を走りそのままゴールまで帰ってきた。
と言ってもゴール前何か一頭すごい勢いで突っ込んできて二着の馬に馬体を合わせてゴールへ飛び込んだ。
しかしその差は半馬身あり、一本で買った馬券がすんなりと決まった。
七千五百円付いたので七十五万円になり、買い足した単勝が六百円で六万円。
両方で八十二万円ちょっととなった。
その時はやはりうれしく気がつかなかったが、後で冷静になりふと思った。
あのとき何か一頭すごい勢いで突っ込んできたがあれはなんだったのだろうか?
まるで解らない。
あくる日の新聞を見て知った、一番人気の大本命馬だった。
届かず三着、よくあるシーンである。
このとき私は心理学上のある貴重な理論を悟った。
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悲しみの闇

2010/09/10 00:56
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便所に入っていた、テレビニュースの声が耳に飛び込んだ。
八歳の女の子を殺害した三十?歳の女性が責任能力が問えないという精神鑑定の判定を得て不起訴処分になった報道だった。
またも刑法第三十九条である。
殺害動機が不明だから精神鑑定を依頼したということだった。
素人が考えると動機ははっきりしている(専門家は知らないが)。
腹が立つことがあり、イライラして抵抗力のない幼い命に八つ当たりしたのが動機だろう。
その女性が逮捕の前日まで病院で隔離され、二十四時間介護の監視つきが目を離した合間に不幸な出来事が起きてしまったのなら納得できる。
しかし普通の生活をしていたのならその判定が不思議である。
何を基準に朝起きたら顔を洗い、どんな判断で日常生活を行動していたのか。
それが人を殺すときだけに意識が飛んでしまうのだろうか?
そのことを理論ずけることのほうがむしろ難しい(あくまで素人にではあるが)。
もしかして人一倍頭が良かったりして????
八歳の女の子の両親にとって「刑法第三十九条」!悪魔の法律のように感じたのではないだろうか、と思うのは私だけだろうか?????????
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プロファイリング

2010/09/04 02:57
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最近テレビドラマなどでプロファイリングという言葉をよく耳にする。
事件ドラマの中で警察内部に組織は分析官などが出来てよく活躍している。
言葉や考え方は新鮮のように聞こえるが何のことはない。
物証だけに偏らず思考も取り入れ柔軟に犯人を割り出すというのが趣旨であろう。
しかしこの考え方は大昔から存在した。
思考により犯人を特定する。
ホームズ、デュパン、明智、金田一といった民間の個人の探偵が警察に就職して国家権力をもったと考えれば思えば解りやすいだろう。
ではなぜ今まで公には無視されてきたのだろうか?
それは裁判制度にある。
疑わしきは罰せず裁判制度では証拠を提出し、それを立証しなければ罰することはできない。
プロファイリングでは法廷を戦えない。
故に警察では物証主義一色で塗りつぶされてきた。
何事にもメリットとデメリットがある。
プロファイリングという考え方は行き過ぎると、あざなえる縄のごとくえん罪というリスクを生んでしまう。
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心に刻む声、名場面

2010/08/13 01:51
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先日香港国際警察POLICE STORYを放映していた。
似たような邦画を数か月前も見たような気がする。
数多くあるジャッキーの作品の中で唯一感動した。
最後の壁の手すりに無造作にかかったコート、そして画面が消えて自分の名前をつぶやく子供の声。
二時間という長い時間があの数秒の場面、声に集約された一瞬であった。
簡単にいえば恩を返すという物語のようであった。
と言っても存在するすべてのドラマの半数以上がそうだといっても過言ではない。
恩を返すという当たり前の筋道。
しかしそれは物語の構成上の一部、調味料替わりのようなもので人の感情はあまり動かない。
では恩とは一体どんなものだろうか?いろいろあるだろう。
人の内面からにじみ出てくるようなやさしさ、本人もすぐ忘れてしまうような、いや気がついてもいないかもしれない。
しかし受けた者はほろりとなる、心が動く。
恩を返したい、気がつかずに与えてもらった恩だから本人に気がつかないように返したい。
やさしさというまぶしさの道を歩く。
香港国際警察POLICE STORY。もう一度見てみたい
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影の数式

2010/06/22 00:55
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数十年前、時代は昭和の終わり。
私と友人が京都競馬場で新聞を握りしめていた。
社会は高度成長の裏で幽霊のような影が漂流していた。
負けたもう帰ろう。
帰りの電車の中で友人はメインレースの前売りを一本で五千円買ったと券を見せた。
それが当たり五千円ほど付けた。
ギャンブルは性格を表すという。
理論的には友人の常日頃の性格では一本で買うというような行動はとらない。
不自然である、自然でないことには必ず理由がある。
夕方友人が訪ねてきた。
尋ねてみると最初は三千円買ったのだがもう二千円買い足したという。
「なぜだ?」と尋ねると「笑うから言わない」と言う。
「笑わないから言ってみろ」私もしつこい。
「語呂合わせで買った」と友人は言った。
あくる日から私と友人の語呂合わせ研究が始まった。
後にそのままでは何の役にも立たない事が判明したが、同時にある疑惑が芽生えた。
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時の航路

2010/06/11 01:36
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 白波の波間に見せる幻が 誘う時の人生航路

ゼロの焦点、ビデオレンタル店の棚に並んでいた。
さっそく貸りて視聴した。
キーポイントとなっているのはある男性の過去の職歴。
過去その職歴にかかわった二人の女性。
そのことが因となり時を経て果となり殺人事件が起きた。
時の流れの中に構成している因果関係。
物語は因で始まり果で終わっている。
やはり松本清張、やはりその代表作。
推理小説には三つの基本計があるといわれる。
その一つの形、’一人二役’。
一人の男を自殺に見せかけ殺すことにより、
架空の男が自殺をしたそして、同時に実在の会社員が失踪した。
これが松本清張の代表作の一つ“ゼロの焦点”の骨格である。
ただ残念なのはこれだけの名作、これだけの俳優陣の顔ぶれ。
しかし引き込まれるような感動がなかったのは前評判の高さのせいだったのだろうか?
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忘却―時を流れ行く歌

2010/03/02 01:20
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時を流れ行く歌、流れ行く悲しみの哀歌。
圧倒的大多数で昭和の時代を支えた終戦子による経済は爆発的な高度成長を遂げた。
その経済も時の流れとともに大不況という終焉を迎えた。
平成の今の世では年金、医療と国の厄介なお荷物となり、少子高齢化問題と言う政治課題となっている。
時代を流れ行き忘却の彼方に忘れゆく流行歌、流れ行く時を象徴する悲しみの哀歌。
時代に裏切られそして国に裏切られどこに流れ行くのか終戦子世代。
時は昭和も中期、世の中も高度成長の好景気の熱気に沸いていた。
そんな時私の友人がある会社に代表者の名義を貸した。
その会社はカラオケのリース、販売を業務としていた。
このことが後に私の大きな災いとなるのだがその時は関係がなく何の関心もなかった。
時代を先読みする優れた洞察力もあまり早すぎると時代に迎え入れてもらえない。
当時の酒場と言えば生バンド、ギター肩に演歌師、有線放送、ピアノ演奏などと言ったような状態でカラオケと言っても私にはピンとこなかった。
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狂送場

2010/02/17 01:15
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狂気の世界へ送り込む場所ー狂送場
数十年前或る地方競馬場の観衆の渦の中に新聞を握りしめ立っていた。
メインレースの始まる前友人に会った。
「次は固いだろう」友人が言った。
「馬鹿を言うな、本命なんか無いぞ」、友人はもう馬券を買ってしまったという。
「すぐ払い戻しをして、全部別の馬券を一本で買ってこい」yは言った。
友人は言われたとおりにした。
レースは五頭立て、小頭数だ高配当にはならない。
それでも電光掲示板は千五六百円を示していた。
レースはすんなりと決まった。
友人は喜び千五六百円はつくと叫んだ。
「馬鹿な事を六百円付けばいいとこだろう」yは言った。
結果は五百七十円だった。
予想オッズを締め切り掲示板の数字が消えてから発売窓口が閉まるまでに五分ほどの隙間ができる。
その間にレースを作ったサイドからの馬券が入る。
地方競馬のことである、大金が入れば予想オッズが不自然な下がり方をする。
だから掲示板が消えてからお金が入るのだ。
yの計算ではその五分間に百十万円程度の馬券が入っている。
三十年も前の地方競馬場の事である百万円と言えば大金だ、直ぐ配当に影響してしまう。
中央競馬を始める前のことだった。
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蔭のレースー仕込み

2010/02/11 02:59
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昭和の終わりに起きた中央競馬会による万馬券事件。
競馬社会は大騒動となった。
競馬記者の取材に係の者が結果を見ずに発表したと答えた競馬会。
当時yはこの不自然な答えに疑問を持った。
勿論よそ見不注意は誰にでもある、むしろ自然である。
不自然なのは結果を見ずに発表したということである。
レースがもつれると馬券を買っていないものでも引き込まれてしまう。
ましてやスロー再生で確認すれば済む問題である。
考えられる事は一つ、(そのものずばり)見なくても発表できた。
波乱レースの写真判定で4−5の高配当、ところが微妙に狂い5−5の万馬券。
そう考えれば前後のつじつまが合い自然である。
ではなぜ馬に携わっていない者に事前に結果が解っていたのか?
これは競走馬に携わるもの(調教師、騎手、厩務員、馬主等)の仕込んだレースではないとyは考えた。
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消えた馬券師ー序章

2010/02/05 00:36
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時代は昭和の終わり、場所は京都だったか阪神だったか忘れた。
当時まだ連勝枠式しか発売馬券がなく、高配当などめったに出現しなかった。
そんな時に中央競馬会による万馬券事件が起きて大騒動となった。
レースはゴール前もつれ写真判定となり競馬会は4−5と掲示板に発表し、五千円台の高配当となった。
ところが実際には頭の差ほどある5−5だったからたまらない、頭の差あれば素人が見ても肉眼で確認できる。
瞬時に大騒動となり競馬会は発表を改めたので混乱はなお大きくなった。
数十分の後、競馬記者が係の者に事情を聴きに行った。
その時よそ見をしていて結果を見ていなかったという返事だったという。
競馬界は責任をとり4−5,5−5の両方の馬券の保証をするという事になった。
中には結果を見て破って捨ててしまった者もかなりいたという。
男の名前を仮にyとしよう、yはその時何か不自然なものを感じた。
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人生旅街道ー消えた馬券師

2010/02/01 01:10
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 幾山河越え去りゆかば寂しさの
       果てなむ国ぞ今日も旅ゆく
                若山 牧水
昔、何十年前ある男が夢物語のような途方もない夢に飲み込まれた。
その男はある省庁で高級官僚による公営ギャンブルの不正レースが業務となっていると考えた。
税金のかからない興行収入(裏金)、いわゆる今流でいえば埋蔵金か?
男は使われている暗号解読に取りつかれた。
頭の中はいつも解読でいっぱいだった、日常の生活は夢遊病のごとしである。
心はいつも充実していた。
友人に熱く夢を語ったこともあった。
人はその時は真剣に聞いているようなそぶりだが、蔭では頭がおかしいのではと笑っていた。
いつしか人に夢を語ることはなくなっていった。
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イソップの童話

2010/01/15 04:57
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ふと付けたテレビ、コント番組を放映していた。
ある学者が今話題の地球温暖化対策はまったくの無意味だと力説していた。
場内は盛り上がっていた。
考え方はいろいろあるだろう、しかし私はまったくの同意見だった。
と言うより以前から不思議に思っていた。
なぜ温暖化がいけないのだろうか?????
私のような寒がりは寒冷化よりは温暖化の方がありがたい。
それに巷では社会の不景気で職を失ったホームレスの人たちであふれかえっているという。
地震などが起これば被災地では公民館などで集団生活になってしまう(なぜか冬が多い)。
テレビ局の取材ではほとんどの人達が冬の寒さがつらいと答えている。
あの人達には夏は問題ではない、やはり冬の寒さである。
勿論温暖化による環境問題はあるだろう、しかし温暖化では死者はそれほどでない。
しかし寒冷化被害はそんなものではない。
即時死者が続出してしまう。
考えてみれば人類が環境を破壊しながら文明を発展さしてきたのは歴史の足跡である。
森林を殺さず海を汚染させないためには文明の発展を止め原始の生活に戻るのが理想であろう(理論的には)。
文化の発展によるメリットデメリットの問題は見る角度により千差万別の考え方を生じさせる。

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時の残影

2010/01/14 00:39
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暗闇の心にかかる七色の
         渡って落ちる幻の橋

真っ暗な深夜。
静まり返った路上に止めた車の窓からある一室の窓明かりを見上げていた。
時計の針は三時を回っていた。
明々ついていた窓明かりが消えて暗く静まり返る。
しばらくすると車のライトがついてどこかに走り去ってゆく。
ゆっくりと車のエンジンをかける、入れ替わりに車を駐車する。
深夜の階段にコツコツと靴音が響く。
三階の一室のドアーに手をかける、鍵は掛かっていなかった・
3,4時間前まで飲んでいたクラブに勤める女の子の部屋だった。
先ほどまでパトロンがいたのだろう。



流れゆく時の一瞬が創り出す泡の残影
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2009/11/25 01:11
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警察が私のところに来て指紋を取らせてくれと言う。
勿論即座に断った。
「しかしお宅は入る時ドアーを触っているので採取しておいた方がいいのでは」と警察は言う。
「わたしはあそびにきたつもりなのでそこまでする必要はないと思っているが、
もしここの人が私が怪しいというのであればいつでも協力するから、
その時は日を改めてうちの事務所に来てくれ、今日は不快なのでもう帰る」と言ってそのまま帰ってしまった。
事務所に帰り不快な思いでぼんやりと机に座っていると、間髪を入れず電話が鳴る。
出てみるとAだった
「どうした、なにかあったのか?」
私は呆れてものが言えない。
「なにかあったのかじゃーないだろう、事務員に聞け。
しかし立場が変われば自分でもあいつかなあこいつも怪しいなと思う。
だからそれはいい。
しかしお前がやったんだろうと断定して、先で違うとわかった時にはあの時は悪かったでは済まん事になるで」私が言う。
「そんな悪く取ってはあかんよ、物事は善意に取らなくては。
わしを見ろ、善意に善意に取るからぶくぶく太ってているだろう。」Aが言う。
私はあほらしくなって電話を切った。
その件はそれっきりうやむやになった、勿論警察も来なかったが。
それっきりいつの間にか忘れていた。
数ヵ月後、同業者が笑いながら言う。
この間空港でAに会った。
その時、あんたにやられたと言ったという。
私は知らない、あほらしくて返事もする気になれなかった。
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盗まれた手紙

2009/11/15 01:37
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社会は人の交わりで構成される。
スムーズに流れてゆけばいい。
しかし社会は人の集合体。
人には十人十色と言われるように様々なカラーがある。
知力レベルも違いすぎると様々な衝突、破損が生じる。
小学生の頃、学校の図書室で読んだポー短編集の中の「盗まれた手紙」。
その中に「知力の一致」という言葉が出てくる。
知力レベルを合わせて潤滑油のように使いスムーズに事を運ぶ。
この論理において低い方が高い方に合わせることは不可能、そこで高い方が低い方のレベルまで降りてくる。
そこにまた問題が起きる。
低い方はいい、言いたい放題のしたい放題。
しかし高い方は常に自身の抑制にエネルギーを消耗する。
そしてイライラ、ストレスを蓄積してゆく。
高じるとうつ病のような症状が見え隠れしてくる。
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疑惑

2009/11/04 02:16
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私の生まれ育った町・・広島の歴史、それは映画に代表されるように裏切りの歴史。
力こそがが総て、それゆえ生き抜くためには筋目と言うアイテム(小道具)が必要となる。
筋道が通っていればどこまでも突き進む、筋の通っていないと判断すれば速やかに引く。
この状況判断が総て、感情など一切関係ない。
私は例の一件以来どうも表だって動くのはまずいと判断した。
と言う事は裏を返せば表立って動かないのであればよいという事になる。
屁理屈のような気はするが理屈こそが総ての世界である。
そこでAの事務所のドアーと金庫のカギを持っている私は夜になると出かけてゆき都合のよいような仕事を
しては帰っていた。
なんともお粗末な笑い話ばかり作っていたAではあるがこと業務に関しては業界屈指でAが歩いた後には
草木も生えないと言われるほどの凄腕だったから始末が悪い。
数カ月のち、事務所の電話が鳴った。
Aの会社の事務員からだった。
「社長が出張に行き暇なので遊びに来ないか」と言う。
おかしいなあと思いつつ鼻の下をのばして出かけてゆく。
座って数分もたたないうちにまた数人が入ってくる。
「東署のものですが」!
私はよくある仲間内の冗談かと最初思った。
ところが「これです」と事務員が壊れたカギを持って一直線。
ようやく私にも事情が呑み込めた。
警察が私のところに来て「指紋を取らせてくれ」と言う。
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噂の回遊

2009/10/28 01:21
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丸く収まったはずであったこの件が因となり別の事件へと展開していった。
Aにしてみればお金を出してその世界に依頼して(何を期待したのかは知らないが)私が五、六人ではあるが部下を引き連れ社長などとやばれてふんぞり返っているのが納得ゆかなかったのであろう。
別の人間を会社の顧問として雇ったらしい。
(私は知らなかったがある噂話が面白く流れた)
そんな事をすればまた話はこじれてトラブルとなる。
顔をつぶされた筋ものが黙っているはずがない、ましてや片や大幹部である。
仕方なくAはまた両方にお金を持って行きことを収めたらしい。
そして新任顧問はB(大幹部)が来ると言って家に鍵をかけて閉じこもっていると同業者が笑いながら私に言っていた。
なんともお粗末な笑い話で話は終わったかのように見えた。
はずであったがこれが又別の事件へと展開した。
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幻想の渦ー仮想世界

2009/10/22 00:49
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階段に数人の足音がした。
ドアーが開き数人がどかどかっと部屋に入ってきた。
いきなり「うわっ、知り合いや、いけんわ」と叫んだ。
私の知り合いがバツの悪そうな顔をしている。
「ここだけの丸い話にしょうや」と言いながら知人と別の部屋で話をしていた。
帰ってきた知人は「話を聞くとあんたが一番悪いようだ」と言う。
私は黙ってふてくされていた。
後に人に聞いた話では私の前に座っている人はその世界の大幹部らしい(このいきさつはあっという間に
業界に知れ渡った)その人がにこやかな笑顔で言った。
「もうここだけの丸い話にしてこれっきりにしよう」
私は「丸い話と言ってもどんな話にしてもらえるのだろうか」とふてくされたように言った。
するとA(社長)が「もう一軒出そうと思って準備してある事務所がある、あれをおまえがしろ。
準備は済んでいるので明日からでも営業できる、わしは不動産屋に払ったお金を返してくれればいい」
と言った。
そこでお金は私の知人が出すという事で話はすぐに決まった。
私の前に座っている人が又にこやかに言った。
「これであんたも満足しただろうし、もう二度とここにくることはないだろう・・・・
もし来ればその組んどる足が折れるとか。」その時私は正直、腹の底から恐怖を感じたのを
数十年たった今でもまざまざと覚えている。
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時に映る幻

2009/10/17 02:08
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夢に吸い込まれる。
夢が時を逆に回す。
幻想の渦が私をバーチャルワールド(仮想世界)へと誘う。
目が覚めると、ある事務所の応接間に二人の知人と主の帰りを待っていた。
時代は昭和私も二十四さい、若かった。
事務員が入ってきた。
「炊事場の果物ナイフがなくなっている、出さないと警察を呼ぶ」という。
一緒に来ていた知人が私に出せと言う。
私は持っていない。
最も隠したのは私なのだが、自分が使うことになったのではリスクが大きすぎる。
そこでもう一人に渡していた。
仕方なく今度は私が出せと言う事になる。
電話が鳴る。
事務員が「社長が出てくれ」と言っているという。
電話に出ると「何の用だ」と言うので「ちょっと会って話がしたい」と言うと「それならすぐ帰るから」と言って
電話は切れた。
待っていると階段から数人の足音がした。
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風に散り、雲に隠れる

2009/10/08 00:51
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私は高校時代吉田兼好のつれずれ草と言う随筆に魅了された。
目の前の美しい光景を目で捉えるのではなく、頭の中で見る。
心に広がる美しい光景、想いの世界。
月には群雲、花には嵐にたとえられる。
目の前に浮かぶ澄み切った満月も美しい、しかしその美しいはずの月も雲間に隠れてみることが出来ない。
「ああ、この雲さえ出ていなかったら」、そこに広がる想いの世界。
頭の中いっぱいに広がる澄み切った美しい月。
同様風に散った桜の枯れ枝、心の中に広がる桜吹雪。
以来私は目で人生を捉えない習性が身についてしまった。
目で見ない心で見る。
外観を見ない、本質を見る。
これが私の人生観となった。
人生に見る花と月。
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笑う影

2009/09/27 16:12
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「やあ、久しぶり」。
ある競馬場で見知らぬ人から声をかけられた。
どうも人間違いをしているらしい。
妙に人なつっこい感じだった。
数十年前のことだったが、今でも当時の光景がありありと思い浮かぶ。
「いま仕事は何しとるん、わし今厩務員やっとるんや。
今から情報を聞きに行ってくるからよかったら一緒に馬券を買わないか」と言う。
私は腹の中でしめしめと思った。
このまま知人のふりをしていれば厩舎情報が聞ける、すなわち儲かる、と欲な計算をした。
起こした欲は目をまったく見えなくする。
あっという間に前日もらったひと月分の給料がポケットから消えた。
数日後友人がそれはコーチヤと言って詐欺なのだと教えてくれた。
友人に話を聞いた時、私はなぜかそのコーチヤなる者に腹が立たなかった。
つまり騙していると思っている時と言うのは、騙されている状態だと、この出来事は教えている。
「三歩下がって師の影を踏まず」と言う諺もある。
未熟な欲は詐欺師のカモになる条件となる」という人の本質をその日の出来事に学んだ。
ありがたく貴重な一日だった。
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バブルの泡はネオンの光

2009/09/02 00:00
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リーン電話のベルが鳴る。
「もしもし・・・」受話器を取る。
クラブに勤める知人が同伴出勤をしてほしいという。
しかし私には売掛(つけ)がある、あまり顔は出したくない。
その旨伝えて断ろうと思う。
ところが女の子が給料から引かれもうすでに私の売掛はなくなっているという。
「だから威張ってくればいい」という。
「それならと・・・」と待ち合わせをしてのこのこと出かけてゆく。
また売掛が出来てしまう。
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夜の影

2009/04/22 00:40
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私はマジシャン、私のマジックはシークレットマジック。
マジックも告げなければ普通の出来事である。
たとえば帽子の中から鳩を出したとしょう。
帽子の中を見せずさりげなく行えば単に帽子の中に鳩を入れていたにすぎない、ウサギを出したところで同じことが言える。
カードマジックでも同じことである。不自然なカードを出さず自然に出るような(自分に都合のよい)カードを出せば
これも単なる普通の出来事になる、誰も不思議に思わない。
このように事実と真実にはずれがあることがある。
繰り返し繰り返し積み重ねた努力も決して人に見せなければ、見せた時には才能となる。
私はマジシャン、私の人生はマジック!
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嘘、はたして?

2009/04/13 01:13
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先日、ガリレオ劇場版「Xの献身」を見た。レンタル店で貨ってきたビデオなのかテレビ放映なのかは忘れた。
ただ内容が妙に印象に残った。過去推理小説、推理ドラマ、映画いろいろあったが基本的にアリバイトリックを扱うものは多い。犯行時に別の行動をとっているのであれば犯行そのものが成立しない。故に作者は全エネルギーを
賭けてそのトリックを考える。またそんな作品は多かったし、数たくさんのトリックが有名作家によって生まれた。
しかし私は昔から思っていたが(勿論現在も思っているが)人を欺く最良、最大の方法は決して嘘をつかない、ということだと思っている。事実一直線それしか語らない、極力言葉少なく多くを語らない。
尋ねられると言葉少なく事実だけを語る。なぜならいついかなる時も前後の矛盾が起きない(事実だから)そしていつしかそれが真実となる。嘘は前後の矛盾からばれるのである。
まさにこの映画はXが加害者に警察にいつ尋ねられても事実だけを語らせた。隠し事はある、真実も違う、しかし語るのは事実だけである。事実だから後ろめたさはない、前後の矛盾も起きない。
聞かれるから答える、尋ねられるからこたえる、決して嘘はつかない、真っ正直に事実だけを答える。
事実だから矛盾は起きない、いつでも同じことが言える。そして犯罪は成立しない。
まさにこの映画、今までの推理ドラマに無かった斬新なものを私は感じた(人は知らないけど)。
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郷愁の夢

2009/03/24 01:20
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想像して広がる想いの世界
未来に夢を膨らませた青春!
青春をしのび時を過ごす昨今。
渡り鳥の心に響く鳴き声は故郷の空かけめぐる
郷愁の夢!
奏でる旋律は青春のメロディ。
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人生哀歌

2009/03/12 00:33
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  泣きぬれて涙にぬれる夢枕 風にささやく人生哀歌


何かが良ければなにかが悪い、幸不幸はあざなえる縄のごとしという。
今日の悲しみは明日への希望!
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クリスマスの贈り物

2008/12/13 00:14
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二、三日前外出先より帰りテレビをつける。
報道番組が流れていた。
時期はクリスマス、アメリカで匿名のサンタクロースが自分のお金を配っているという。
ある人が匿名で自分のお金を配り続けて17年間、その金額一億七千万(円か、ドルかよく解らないが)。
なぜ解ったのかといえば病気で余命一か月と診断されたので自分の意思を誰かに継いでほしく名のったという。
今ではボランティア団体が出来てその志を引き継ぎその人のお金には手を付けず自分のお金を配っているという。
その人は昔空腹のためレストランに入り食事をしたが貧乏でお金がなかったため食事後お金を落としたと
言った。
その時店の人が二十ドル札を出して落としましたよと声をかけた。
それは私の落としたお金ですと嘘を言って食事代を払い帰った。
その時ものすごく嬉しかったので以後困っている人にお金を渡すとものすごく喜んでもらえ病みつきになったという。
事業は成功し、そのレストランにも行ってみた。
あの時ひろったたと言ったお金は店の人が自分のお金を出したという。
すぐ無銭飲食と解ったが傷つけないためにひろったと言ったらしい。
おもいやりの嘘である。
事の真意は別としてこういう話を聞くとやはり心がほのぼのとする。
似たような話を最近よく目や耳にする。
ある国の総理大臣が国民にお金を配るといって話題になっている、金額はパチンコ店に行けば
三十分もつか持たないかの額である。
違いは選挙前、実名、国のお金、といった所だろうか。
明と暗、光と闇。
いったいどちらが人の本質なのだろうか?
私は思う、一万円札など崩せばすぐ無くなる。
しかし心のこもった千円札は永遠に心の中に残る。


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2008/09/23 01:35
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数日前面白そうな番組が無いのでそのままテレビを見ていた。
ある百貨店の服飾売場に勤める女性を主人公にしたドラマを放映していた。
その主人公が一流服飾デザイナーにかみついた。
「人は外見よりも内面のほうが大事なのではないか」と。
その時そのデザイナーは言った。
「内面は外ににじみ出てくる、内面に何も無い者に外ににじみ出てくる物は無い」
その時私はその数か月に放映された今は亡き阿久悠の追悼番組が記憶に重なった。
氏が共に歩んだ昭和歌謡史、あの大作詞家が山口百恵のテレビアップ画面を見ながら首をかしげて言った。
「当時(三人娘デビュー)私はなぜこの魅力を見落としたのだろうか?」。
そばに居た者が言った「それはこの魅力が作られたものでなく本人自身の内面からにじみ出てくるものだから
当時見落としたのでは」と。
私も昔不思議に思った事があった、赤い運命というテレビドラマを見たことがある。
百恵が三国連太郎や宇津井健といったベテラン俳優と互角に演技していた。
若いアイドル歌手がである?なぜか不自然な物を感じた。
レコード大賞受賞曲発表後、曲の披露時ピンクレディに敗れた百恵が紅白があるのでお先に失礼しますと
退場する時、場内が一瞬氷のように静まり返ったという。
あのレコード大賞というお祭り騒ぎを一瞬でしらけさすほどの臨場感だったと
テレビが言っていたのが妙に印象的であった。
一流と言われる人の内面にはいったい何があるのだろうか?

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夜の幻

2008/08/20 00:02
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夜の酒グラスに映る幻が
      流れた時を知らず漂う



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